出版社内容情報
金日成・金正日、核・拉致問題ばかりがクローズアップされる北朝鮮。本書では政治や国家の歴史のほか、人々の暮らしや基本的な経済構造、映画・スポーツなど文化も取り上げ、今後の対北朝鮮政策のあり方を探る。北朝鮮の多角的・総合的な理解に最適の入門書。
はじめに
1 北朝鮮を理解するために
第1章 なぜ朝鮮半島では冷戦が続くのか――朝鮮戦争は終わっていない
第2章 九〇年代核危機はなぜ起こったのか――存亡をかけた対米外交
第3章 北朝鮮は「何をするかわからない」国なのか――核とミサイルの意味
第4章 北朝鮮はじきに崩壊するのか――困難と統合の相関関係
第5章 米朝の妥協は可能か――再度の危機から六者協議へ
2 北朝鮮国家の成立
第6章 分割占領から二つの政権へ――分断の始まり
第7章 朝鮮戦争と分断固定化の政治過程――内戦から国際戦争へ
第8章 国家社会主義の成立――単独政権樹立の過程
第9章 中ソ対立と苦い教訓――自主路線の選択
第10章 権力の集中と継承――キム・イルソンからキム・ジョンイルへ
3 北朝鮮の政治のしくみ
第11章 すべての権威はキム・イルソンから――統治原理としての主体思想
第12章 先軍政治から先軍思想へ――キム・ジョンイル時代の政治指針
第13章 北朝鮮の政治機構――立法・行政・司法
第14章 政治の中核、朝鮮労働党――国家を指導する存在
第15章 朝鮮人民軍と軍事戦略――注目される軍の役割
4 北朝鮮の経済
第16章 地理と自然――変化に富んだ気候と豊かな天然資源
第17章 人口動向と構成――低成長率への人口転換
第18章 基本的経済システム――社会主義体制による計画的管理
第19章 工業化の推進――重工業の優先的成長戦略
第20章 営農方法の社会主義的変遷と模索――集団的経営と農民へのインセンティブ問題
第21章 社会主義圏の崩壊と経済の破綻――工業の低迷と相次ぐ自然災害
第22章 経済改革――7・1改革措置
第23章 改革の定着過程――経営努力と労働意欲の向上
第24章 自由市場の広がり――限定的な農民市場から常設的な総合市場への移行
5 北朝鮮の社会と人々の暮らし
第25章 食糧事情――配給事情と家計負担
第26章 IT事情――科学重視政策の台頭
第27章 住居と交通機関――庶民の生活インフラ
第28章 メディア――主要新聞、雑誌、テレビ
第29章 教育システム――11年制義務教育の普及
第30章 環境問題――公害問題の認識と対策
6 北朝鮮の文化
第31章 北朝鮮の文学――パルチザン神話から現実課題克服の模索へ
第32章 スローガンとしての音楽――革命闘争と体制賛美
第33章 北朝鮮の映画状況――教化の道具から上からの娯楽へ
第34章 朝鮮画――伝統の創造
第35章 スポーツ事情――南北関係と国内情勢を反映
7 北朝鮮をめぐる課題
第36章 南北統一に向けて――まずは平和定着がカナメ
第37章 休戦を平和へ――非核化・軍縮の課題
第38章 離散家族再会と対外開放――着実な枠の拡大が急務
第39章 「脱北者」と国内人権問題――北朝鮮内部の変化が重要
第40章 ポストキム・ジョンイルの行方――北朝鮮の人々が切り開く未来
8 日朝関係と日本の選択
第41章 一九八〇年代までの日朝関係――日朝交渉への道のり
第42章 日朝交渉の経過――非核化・軍縮の課題
第43章 日朝交渉と日韓会談、日中国交を比較して――「過去」は清算されたのか?
第44章 拉致問題とその背景――日朝首脳会談以前
第45章 拉致問題の過程――日朝首脳会談以後
第46章 日朝首脳会談の成果――日朝平壌宣言の調印
第47章 「帰国問題」――さまざまな意味と真相
第48章 朝鮮総連――その歴史と現実
第49章 在日朝鮮人の地位と権利――日朝交渉で再考されるべきこと
第50章 日本における人道支援・交流運動――逆境の中で
第51章 日本がなすべき選択――東北アジアの平和な未来のために
北朝鮮を知るためのブックガイド
『北朝鮮を知るための51章』関連略年表
はじめに
二〇〇五年に韓国では「大胆な家族」というヒューマンコメディ映画が公開された。北朝鮮に故郷があるが、ゆえあって南の韓国にきたおじいさんは、少し物忘れをするようになってきている。朝鮮戦争の頃であろう、命からがら北から逃げてきた昔のことが現実に思えて、ときどき真夜中に起きだしては家族に「早く行こう」と騒ぎ立てる。そのおじいさんはある日ついに倒れてしまうが、北に残してきた家族には何もしてあげられなかったので、せめて何か残そうと土地を買ってあった。遺言状には、死ぬときにもしも統一ができていなかったら、この土地は国家に献納すると書かれていた。ただ同然ならば誰も文句はないが、いつの間にかこの土地は四〇億韓国ウォンにも値上がりしていた事実を長男は知る。おりしも長男はカネに困っていた。このままおじいさんが死んでしまっては大変と、長男たち家族は知恵をめぐらして、実現してもいない統一が実現したかのように父親をだまして、翻意を促そうと苦心惨憺することになる。
ちょうどドイツ映画「グッバイ、レーニン!」において、倒れて昏睡している間に社会主義が崩壊したことを、意識を取り戻した母に気づかせないために、息子たちが苦心惨憺するのと逆のパターンだ。しかし、人間の思いを裏切ってやまない政治の現実を描いている点では共通していよう。また、そこにこめられた人々の気持ちや思いやりも、国や民族を超えたものがある。
北朝鮮をめぐる状況とはそういうものであるのだと、私は思う。だからこそ、韓国では北朝鮮との共存と平和定着のため、冷戦の時代に終止符を打とうと試行錯誤している。翻って日本を見ると、まったくといっていいほど北朝鮮への想像力に欠けている現実がある。独裁、飢餓、収容所……その一つひとつは存在するとしても、北朝鮮で暮らす普通の人々への思いやりというものは存在しない。一方では拉致やミサイルの国として恐れながら、どうせあの国はつぶれるんだ、付き合わなければいいんだと侮っては安心する――こうした「侮蔑と恐怖」というイメージは、実は日本人が植民地支配をしていた時代に朝鮮民族に対して抱いてきたものと共通している。もちろん、二一世紀の現在、北朝鮮は日本の植民地ではないが、大衆的イメージはどれほど変わったといえるだろうか。なにしろ、日本は北朝鮮と付き合わず、戦後六〇年ずっと無視してきたのである。たしかに、日朝交渉が始まってからすでに一五年になろうとしている。だが、社会的に北朝鮮への注目が集まったのは、小泉純一郎首相の訪朝で拉致問題が明らかになって以降でしかない。日本は、冷戦時代は北朝鮮を無視しても、すんだかもしれない。だが、二一世紀はそれで通用するだろうか、
北朝鮮をより客観的に認識することが、求められている。冷静に議論しようというと、「非国民」や「国賊」といった罵声を浴びせられる現実は、日本人、日本社会にとってもはなはだ不幸なことである。日朝関係の改善は、東北アジアをより平和にし日本社会が安心して過ごせる関係を作るために必要なものであって、北朝鮮の権力のための命題ではない。私たち一人ひとりが作り上げる日朝関係こそが、日韓でもそうであったように、本当の平和と友好のための力となるはずだから。
北朝鮮について一般向けの読みやすい本が見当たらないのを、私は以前から残念に思ってきた。ほかにも多くのすぐれた北朝鮮研究者がいるはずだが、研究書はあっても一般書はなかなか出なかった。結局、協力者をお願いし、蛮勇を奮って自分で書くことになってしまった。かつて一九八〇年代には、韓国の若手研究者が日本に北朝鮮の情報を求めて研究をしにきたが、今や韓国における研究のほうが厚みを増しつつある。韓国政府の外郭団体である統一研究院などでも、基礎研究から政策立案まで幅広く議論されており、その一端は公刊されている。私の担当部分では、そうした成果を積極的に活用した。とくに二〇〇五年現在、韓国大統領府の国家安全保障会議事務局において重責を担うイ・ジョンソク[李鍾]の研究には強い印象を受けた。一般書であるためいちいち脚注をつけなかったが、各章の末尾に参考文献を記してある。
北朝鮮はいうまでもなく正式名称を「朝鮮民主主義人民共和国」という。しかし、本書では日本における慣例に従い「北朝鮮」と略記した。地名・人名ルビは、南北それぞれの読み方にしてある。おりしも、二〇〇五年九月には朝鮮半島問題をめぐる六者協議の共同声明が合意され、地域の平和構築に新たな枠組みが定着しようとしている。ちょうどそうした区切りの時期に本書をまとめることができたのは幸いであった。
朝鮮半島の人々が分断時代を克服し、平和で晴れやかな日々を楽しめるときが少しでも早く訪れることを心から願いたい。日本社会はそのために何をなすべきか、本書がそれを考えるための一助となれば幸いである。
二〇〇五年一二月
編者 石坂浩一
目次
1 北朝鮮を理解するために
2 北朝鮮国家の成立
3 北朝鮮の政治のしくみ
4 北朝鮮の経済
5 北朝鮮の社会と人々の暮らし
6 北朝鮮の文化
7 北朝鮮をめぐる課題
8 日朝関係と日本の選択
著者等紹介
石坂浩一[イシザカコウイチ]
1958年生まれ。立教大学経済学部教員。韓国社会論、日韓・日朝関係史専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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